横浜での生活②
~前回の続き~
なんだかんだで割と快適だった横浜生活もわりとゴタゴタしてきて徐々に居心地が悪くなった。
(主に女性問題、内容は割愛w←墓までもってくww)
そんな気まずい毎日を送っている矢先に出向元から
「マレーシアに技術指導で行ってくれる希望者は居ないか?」というお触れが回ってきた
まさに渡りに船!「人間関係をリセットしたい」という発展途上国の技術向上など1ミリもない不純な動機で我先にと立候補した。
英語はできないが当時の半導体の研磨技術の高さが認められて現地で通訳が付くという条件とめっちゃ高額の海外出張手当付きというなかなかおいしい条件でマレーシアに出向したのだけど、これがまた生命の危険を伴うとんでもない目に合う序曲だとはまだまだ知るよしも無かったのである。
~マレーシア編に続く~
横浜での生活①
前の職場で親友との確執など紆余曲折あって自暴自棄になり結果、横浜の中小企業に強制的に出向となった。
どうせ楽しい事なんで無いんだろうと思っていたが、横浜はわりと居心地良かった。
(この経験により、神奈川は後のひろぽん安住の地となる)
作業員の殆どが横須賀方面から来ているヤンキー兄ちゃんやヤンキー姉ちゃんで今までの出向して来た担当者とは反りが会わず仕事以外は口も聞かず淡々と仕事してたらしい。
なぜか新しい担当者となった私とは時間も掛からず打ち解けてくれて、仕事終わってからも飲みに行ったり遊んだりした。地元民しか遊ばないようなDEEPスポットもだいたい教えてもらった。
皆それぞれ複雑な家庭の事情とかで闇を抱えてる人達が多かったし、歳の近い人も多くてウマが合ったのだろう。話もそこそこ合ったし、お互いにシンプルな人間関係で過ごしやすかった。
横須賀のドブ板通りで米兵が酔って暴れてたり、黄金町とか怪しい異文化コミュニティがお盛んな時代だったから育ちのいい子はまず遊ばなそうな場所でいろんなものを見て、
「ああ、いろんな世界があるな」と感心
さすがペリー来航の横須賀、国際都市横浜である。
暴力沙汰や女性問題などもいろいろあったが武勇伝は語らない主義なので割愛します。
(墓までもってくw)
~横浜での生活②に続く~
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上京物語③
~前回の続き~
上京してきてずっと一緒だった親友に
「もう、お前とは遊べなくなった」と言われて
とてもショックだった。
それから何するにも避けられた。
「何で?どうして、何か気にくわないことでもあった?」
彼に問いただしても、彼は愛想笑いするだけで何も言わず、それから私と一緒に行動をすることは一切なくなった。
同じ職場だったけど彼が企画したスキー旅行も私だけ誘われない、コンサートも他の人も行くからと断られる。酒飲むのもお前とは行かない。
「何で?、俺何か悪いことしたのかな?」
それから数年は仕事終わったらずっと一人の生活がずっと続いた。
その反動なのか私は毎日のように酒浸りの生活。パチンコ、お水関係、風俗など一人で遊べることに貯金も散財。
いつまた彼からお誘いあった時のために1人でスキー場に行ったり、1人で楽器の練習。
最新の音楽の情報招集。お酒の勉強もした。
でも、全然楽しくない。声も掛からない。
親友と遊んでた時みたいに満たされない。
何で?何で俺は嫌われた??
分からない、毎日が楽しくない。
知らないうちに彼に依存してたのだろう。
そんな私を彼は飽きたおもちゃのように親友であることを捨てた。
一緒に居てもう楽しくない。それだけの理由
彼は社会人として成熟し、私はずっと変わることなく田舎から出て来た異端児のまま、話も考え方も合わなくなったのだろう。
やるせない感情と喪失感に包まれて自分でもどうしていいか分からない。
苦しい、相談できる人もいない。やりたい事も分からない。
仕事も休むようになってとうとう薬(合法的な)に手を出して辛い時はアルコール飲んで薬キメるようになった。
ブロン大量にキメすぎて48時間眠りっぱなしの時もあった。泥酔して薬キメて浴槽で朝まで浸かりっぱなしの時もあった。
どちらも間違えばあの世に逝ってたと思う。
ある日、上司から呼ばれて会社に行った。
「企業提携した横浜の中小企業に出向してくれないか?」
まあ、体のいい厄介払い、出向が嫌から辞めてくれという内容の辞令だった。
どうせ、この場所に居たって居場所ないんだから環境変えてみようか、嫌なら辞めればいいし。私は即答して私は横浜の中小企業に出向することになった。
職場で送別会もやって頂いたがその場で私にとってちょっとした事件が起きた。
親友だった彼は私を障害者を見るような目で見下し、しかも冷やかしと馬鹿にするような発言、失笑をしたのである。
みんなの前で晒しものにするような酷い発言もあった。しかも表面上はみんなの前で励ましてるように見せかせてのとても陰湿な・・・
なんでかは分からない?なんで?最後の別れなのに、酷い、なんで最後に深く傷つけるの?
多分、ここでぶちキレてたら私は傷害事件を起こして犯罪者になってたと思う。
上京前に母親が「犯罪だけはしないでおくれ」と言ってくれたのが効いてたのだろう。
その日、私は生まれて初めて「大人の対応」というものをして横浜に旅立ったのである。
そして同時に私の短い青春も終わりを告げた
~上京物語 [完]~
次回、横浜編、マレーシア編を不定期で書きます。拙い文章読んでくれてありがとうございました。m(_ _)m
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上京物語②
~前回の続き~
上京してきて(埼玉だけど笑)初めてできた親友。
とても嬉しかった!
何時間でも話できるし、音楽や服の話も感性があって週末は毎週、新宿や渋谷で朝まで一緒に遊んだ。
彼の好きな趣味も頑張って覚えた。
スキー、楽器演奏、ゴルフ、マウンテンバイク
行きたいっていうコンサートのチケットも全部とってあげた。
料理も作ってあげて飲みたいっていうカクテルも作ってあげたりした。
2人で大磯ロングビーチ行ったりドライブした。
泊まりでスキー旅行行ったりもした。
とにかく上京して初めてできた親友のために一生懸命だった。
そうして3年くらい楽しい日が続いたのだがある日突然、もうあまり一緒に遊べないんだよと言われた
上京物語その①
~前回の続き~
初めての都会生活。
しかし来てみたら東京ではなく仕事先は埼玉の戸田市w 都内と聞いてたのに・・・
(戸田ボートで有名、藤田ニコルの出身地)
それでも、秋田の片田舎よりは全然開けてる憧れてた新宿や渋谷までも電車で行ける。
TVで洋楽番組、深夜番組もいっぱい放送。
好きな服も自分の稼いだお金ですぐ買える。
欲しい情報も好きなだけ集められる環境。
憧れのバンドのコンサートに行ける。
海外アーティストの来日公演も行ける。
職場の人もおしゃれに垢抜けてて話も合う。
毎日がとても楽しかった。
いつしか鬱のことも忘れて毎日が楽しい。
都会の生活で自然に治った!
そう思ってました。
だけど、できない「親友」と「彼女」。
いまではすっかり初老のひろぽんですが、若い時はそれなりに容姿も良かったんですよ笑
週末の仕事休みの度に職場の同僚に誘われてグループで遊んだりしてました。
でも、特別に仲良くなる男性も好きになる女性もその中にはいなかったんですよね・・・
中学、高校時代は一貫して部活少年で女性と付き合ったこともなかったのでそういう事に関してはめっちゃ奥手でした。
特に無理して彼女を作ろうとも思って無かったし・・・
同性とは一緒に遊ぶより本当は1人で好きな事するのが楽しかったんですよね、当時は。
ところが、半年ほどたって生活環境が突然激変します。
すごくルックスのいい同い年のイケメン男性が同じ職場になり、何故かひろぽん、
初見でその人にめっちゃ気に入られて、
以後その人とほぼ毎日一緒につるんで遊ぶようになっていきます。
思えばこれがひろぽんの青春の始まりであり、また忘れかけてた鬱とのトラウマレベルの戦いの序曲でした。
今宵はここまでにいたしとうございます。
~次回に続く~
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鬱の始まり
鬱が始まったのは19歳くらいからかな?
ひろぽん実家は秋田ですが青年期ワケあって知らない人達と集団生活送ってたんですね。
田舎特有の閉鎖感と独創的なひろぽんの思想は全く噛み合わず、1年余りでメンタル崩壊。
親ともよく話したうえ、逃げるように上京。環境を変える事で人生のリスタートを開始したのですが、ここからが本当の鬱との長い長い戦いとなるのでした・・・
(~次回に続く~)